ひさしぶりに「白鯨」日記でも。「こうして一時的に彼のうちに消えていたものは、終局においては、あやしくも燃えさかる炎によって白日のごとくに照らし出されるという運命にあったのであり、夢のごとくに彼を輝かせたその光は、かつての彼の故里のコネティカット州トランド郡の草原で、お祭り騒ぎの人々を景気づけ、やがてうるわしい夕かげがくると、得意の朗らかなハ! ハ!で、まるい地平のすみずみまで、タンバリンの星屑の音にみたした、その時の輝きに十倍するものだった」。凪の大海原の孤独な漂流から一転、不意に修飾的に挿入されるこうした風景と時間に心が騒ぐ。こういう関係代名詞の時空感歪曲的な独特の使い方はフォークナーぽい。信じられないほどモダンだ。
jawpaw調子いい。暑い外から空調のきいた室内に入るとまず足がヒヤリとくる。いままでにない感覚だ。風通しいいということか?