「モローラ ―灰―」

 台本・演出ヤエル・ファーバー。おとといNHK教育「芸術劇場」にて。ギリシア悲劇についてなにかイメージをつかめないかと思ってじっと観る。力強いシンプルな翻案でよかった。フォークナーの『アブサロム、アブサロム!』やトニ・モリスンの『ビラヴド』、ミルチョ・マンチェフスキー監督の『ビフォア・ザ・レイン』を思い合わせる。「現代は叙事詩の時代だとおもいます」というファーバーの意見に賛成。でも叙事詩的でなかった時代なんてないともおもう。
 いままでよくわからなかったコロスについてイメージがつかめたのが収穫。説得力あったとおもう。舞台をつくり、人物たちを動かし、制し、解消していく集合的な力、共同体の貯えられた知恵の力のようなものかな、と思っていたら、ファーバーがインタビューでcommunityのcommon wisdomなのです、というようなことをいっていた。いろいろ議論があるところなんだろうけど、ぼくはこれで納得した。
 あまりにも古代アッティカ風で現代南ア色が薄かった点がまあ不満といえば不満。あと殺害シーンがちょっと迫力不足。もっと根本的には、悲劇でなくなってしまっているのではないか?という疑問がある。『ビフォア・ザ・レイン』のほうが悲劇としては優れていると思う。