(8)−リヴィエラのジャーマン・バロック

 バロックについていろいろ調べていて、『重力の虹』第2部の舞台「カジノ・ヘルマン・ゲーリング」のことを思い出した。また本をパラパラめくってみる。場所はリヴィエラ。とあるが、イタリアではなくフランスらしいので、ニースか?注釈本にはモナコとあるが確証はない。「ここは2年前に、メッサーシュミット中隊が賜暇のさいリクリエーション療法を行うために建てられたもの...put up two years ago as recreational therapy by a Messerschmitt squadron on furlough」とある。古いカジノではなく戦時中1943年の建設?でも、内部調度からすると、古い建物を軍隊用施設にしたのが1943年ということかもしれない。この"put up"はどう読む?ともあれ、ここのカジノ・ルーム「ヒムラー遊戯室」が、バロック様式で建てられている。

真鍮色の光が頭上からしみ入ってくる。その大きな部屋の内側は壁画で埋まっている。かろやかな神々たちや女神たち、パステルカラーの若者と女羊飼い、霧につつまれた茂み、風にはためくスカーフ…。いたるところに金めっきをほどこした花綵に似たものが渦を巻くように垂れさがっている――刳形から、シャンデリアから、柱から、窓枠から…天窓からさしこむ光で傷あとの残る寄木張りの床がきらめく…天井からつるされて、あと数フィートでテーブルに届こうかという長い鎖の端にいくつも鉤がついている。Brass-colored light seeps in from overhead. Murals line the great room: pneumatic gods and goddesses, pastel swains and shepherdesses, misty foliage, flutterling scarves...Everywhere curlicued gilt festoonery drips―from moldings, chandeliers, pillars, window frames...scarred parquetry gleams under the skylight...From the ceiling, to within a few feet of the tabletops, hang long chains, with hooks at the ends.

 南仏にドイツ・バロックか。どういう着想だろう。いろいろ疑問がわく。コート・ダジュールに17〜18世紀バロック建築は実際にあるのか。直接占領下になかった南仏にドイツ軍の保養施設なんかあったのか。ピンチョンはいったいどこからこんなアイディアを借用してきたのか(ネタは必ずあるはずなのだが)。そしてスロースロップは、何故か、この複雑怪奇なロココ装飾に覆われたヒムラー遊戯室にひどく恐怖する。それは彼のトラウマを刺激するからなのだが、しかしなぜドイツ・バロックの部屋が?
 『重力の虹』に出てくるバロック建築が、もうひとつある。<ホワイト・ビジテーション>だ。これもそのうち、18世紀イギリスを調べてまた書こう。
 写真は、ドイツはヴィースバーデンのカジノ。ドストエフスキーが大金をすったことで有名らしい。1830年代の建設なので残念ながらバロックではなく、重厚な新古典主義様式になってる。モンテカルロのカジノ・ルームはどんなだっけな?